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【専務 西村栄造のコラム】 第2回 「市井(しせい)のなかで生きること)」

もし申しもし申し‥‥はい、ようござんす。

電話が開通した明治の時代、人々の会話はそんな風なやりとりで始まっていた。電話交換手が中継していたことで、「もしもし」は丁寧な謙譲語の「申し上げます」の「申し、申し」が語源のようだ。

今や、赤い公衆電話は昭和をイメージする小道具になり、かつてデイリープラネット社の新聞記者のクラーク・ケントがスーパーマンに変身するのに眼鏡を外しながら勢いよく駆け込んでいた公衆電話ボックスは街角から姿を消しつつある。

昭和の半ば頃には、赤電話は凡そ町角の煙草屋の店頭に置いてあった。

あらかじめ掌やポケットいっぱいに用意していた10円玉を硬貨投入口にせっせと挿れる。ストンストンと落ちる硬貨の音にせつかれて、寒い夜は手足をふるわせながら受話器を握りしめて店の軒先で話していたものだ。

「聞こえとう?」「元気にしとうとね?」(博多弁)雑音混じりのやりとりの声は周りをはばかることなく、いつのまにか大きくなっている。受話器の向こうから返ってくる声が冷え切った身体を温かく包んでくれていた。

生活費に窮していた学生の時分には、「金、送れ」と故郷くにへの電話をひと言だけで切ったことも度々だった。

当時、九州の福岡と東京間の通話料は3秒程で10円だったと記憶している。

そんな折、住んでいた西武新宿線沿いの田無市(現・西東京市)から中央線の中野まで自転車で電話をかけに頻繁に通っていた時期があった。なんと10円玉ひとつで遠距離通話がフリーにかけられた、夢のような公衆電話があったからだ。

雨の篠ついている肌寒い秋の夜、いつもの恩恵にあずかるべく、のっぴきならぬ用件で自転車を出した。ところが、浅はかな期待はすぐに雨滴とともに弾かれた。10円硬貨を一枚だけ呑み込んだ赤い公衆電話は「もしもし」の「もし」で終わった。

夢の赤い公衆電話は修理されていたのである。

ペダルを踏む帰りの道すがら、カッパに降り注ぐ大きな雨粒の音にほとほと我が愚行の情けなさを感じさせられたものだった。

当時はそれほど、赤い公衆電話は受話器の向こうにいる人や故郷くにの温もりや息づかいが伝わる貴重な交信ツールだったのである。

 


 

今、ひとりひとりがお守りのようにスマホ携帯を目の前にかざして、通勤電車のなかでもレストランでもジッと無機質な液晶画面を見詰めている。

この数十年の私たちの生活行動様式の急激な変化には隔世の感がある。

朝起きてまずやるのは、スマホに手を伸ばすことだ。1日の最後にやるのはスマホをベッド脇のテーブルに置くこと。私たちは1日に2600回以上スマホを触り、平均して10分に一度スマホを手に取っている。いや、起きている時だけでは足りずに、3人に1人が夜中にも少なくとも1回はスマホをチェックする、とノルウェーの精神科医のアンデシュ・ハンセンはスマホを取り巻く現状を語っている。

今や、私たちは、リモート上でいつでもどこでも常に誰かとつながっていられる。

テクノロジーでなんと便利で快適な世界になったことか。

しかし一方で、人々の間での孤立感が深まっているという。なにかが、足りない、そんな欠損感が広がっている。人々がつながって行くためのテクノロジーが、逆に人々を孤立させている。スマホを扱っている時間が多い人ほどその傾向が強いといわれる。

スマホは脳にドーパミンをもたらすようだ。SNSやフェイスブックなどは脳の報酬中枢を煽る仕掛けを次々にやっており、スマホの呼出音だけでドーパミンが放出される。スマホは最新のドラックだともハンセンは言い切る。

米国のティーンエイジャーは毎日9時間をスマホやネットに費やしているとの報告もある。すでに脳がスマホにハッキングされ、若者が依存症に陥っている現状について、シリコンバレーのリモートの開発事業者たちは罪の意識を覚えているとさえいわれている。

アップル社の創業者のスティーブ・ジョブスは自分の子どもにはデジタル機器の使用時間を厳しく制約していたことは知られている事実だ。

 


 

そもそも、20万年の間にわたる新人類史の99.9%は狩猟の歴史であり、現代は長い人類史上から見れば0.0001%の点にもなりえていない位置にあるという。

このスマホ、インターネットの急激な変化、人類史上最速の行動様式の変化にヒトの脳は適応できていないと指摘される。ヒトの進化はその変化に追いついていない。ヒトの脳がそれに適応して行くには気が遠くなるような時間が要るのだという。

ヒトの脳はまだサバンナの世界にあるらしい。古遺伝子学によると、現代人のゲノムのホモ・サピエンス以外にも2~8%は古代のヒト属、つまりホモサピエンス以外の原人に由来するともいわれる。さまざまな原人が私たちのなかにまだ生き続けているのだ。

その進化とのギャップが、孤立感、鬱、気力減退、不眠等の精神的不調として人々にあらわれているとハンセンは警鐘を鳴らしている。

急激な変化に私たちは、すでにモノに対する量感や質感も失いつつあるのかもしれない。液晶画面によって、量感や質感の感覚機能そのものが麻痺しているのかもしれない。この感染症の時代、過度な無臭、消毒文化も相まって、人間の持つ、五感の嗅覚、触覚なども無用のものとしてすでに退化しはじめているような気さえしてくる。

かつて憶えていた近しい人の電話番号なども分からなくなっている。いや、自分の携帯番号すら分からなくなっている。私たちの記憶能力はすべてスマホの中、クラウドの世界に依存し切っているからだ。

また最近は、磁石を片手に地図を広げることもなくなった。ナビの指示通りに足を動かしているだけだ。東西南北の方向感覚が著しく退化し、人々はすでに地図を読めなくなっているのかもしれない。

どうやら私たちは、この世界でのみずからの立ち位置すら分からくなってきているようだ。

 


 

スマホやパソコンの画面が世界への唯一の小窓になっているこの時代、このまま私たちの生は煮詰まってゆくような気がする。このリモート社会を「新しい日常」だとひと括りにされるのには、いささか違和感があるのは私ひとりだけではないとおもう。

さらに、テクノロジーによる生活行動様式の急速な変化に加えて世界的な感染症の非常事態が覆い重なっている今の状況下、生き物の個体としての孤立化も広がっている。非接触の時代が始まっているといわれる。

ヒトとの関係だけに限らずモノを含めての非接触時代の到来は、いずれ人類を疲弊させ脆弱化させると生物学的な見地から予知されている。

西欧では、動物と一緒に育った子どもは丈夫になるという。つまり、ヒトや土中やすべての環境に存在する細菌叢さいきんそうとの共生が人類を育んできたということである。

保育所や幼稚園に通いはじめて、いろいろな病気をもらいながら幼児は身体的にたくましく丈夫になるのを私たちは経験として知っている。

人体を形成する細胞の数は60兆個といわれるが、それを超える量の細菌類がヒトの腸内や皮膚などに生息している。総量は体重の1~3%、つまり私たちは細菌やウィルスの集団と共存していることになるのだ。

その細菌叢さいきんそうは人の集団化によって活性化し、ひいてはヒトの免疫力を高めるといわれる。人間はお互いの体温を感じながら、つながってこそ命を育むことができたのである。

 


 

しがらみのように絡み合いながらも娑婆しゃばという世間で私たちはつながって生きてきている。人間は元来、市井しせいに生きる類的な存在なのであろう。市井とは文字どおり井戸の水のあるところに人々が集まってきたことに由来している。

人間だけではない。犬や猫、牛や馬の大勢の哺乳類、蟻や虫、鳥の群、みんな自分たち仲間の体温のエリアに生きている。

私たちは、ひとりではなにもできないからだ。

九州国立博物館在職時に、7世紀頃の倭の国と朝鮮半島の百済の国との歴史的な交流の標として、韓国の扶餘ぷよから対馬、壱岐、大野城、基肄城きいじょう、太宰府・水城みずき鞠智きくち(熊本)といった、唐・新羅の侵攻に備えて百済の人々とともに築いた古代山城に狼煙のろしを上げて、それらの軌跡をつないでみてはという企画で、熊本県知事の蒲島氏(東京大学名誉教授)とひとしきり盛り上がったことがある。

その後の熊本地震で実現には至らなかったものの、今でこそ、太いひと筆書きのように国境を越えて人々のいにしえからのつながりを実線で描いてみるのもいいのではないかとおもう。

周りや他者を思いやる力やずっと遠くのことを想像する力が今まで以上に求められる時代に入っているからだ。

空の高みに立ちのぼる狼煙に気がついた私たちは、「はい、ようござんす」と応えるように、あらたに狼煙を上げて、次々に人々をつないでいく。

ちなみに古代山城は、九州から高松の島々など瀬戸内海沿いに近江の大津まで連綿とつながっているのである。